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<<   作成日時 : 2013/10/21 23:59   >>

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今日は、とある音楽コンクールの本選大会を見に行ったよ。
ママの生徒さんだったT君が出場。
T君ママからしばらく前にメールで、聴きに来てやってと言われていたからね。

T君がママのところに初めて来たのは、小1ぐらい? 今はもう中3。
ママの生徒さんが、私に連絡をくれることが、今だに何よりも嬉しいことなのだ。
だって、私はママの代行だもの。

ところで、今日のコンクールの会場は、ママが乳がんになって最初の手術をし、
あっという間に転移して、二度目の手術もした大学病院のすぐ近く。

つらい思い出の場所。
ママを助手席に乗せて、何度も何度も通った道。

ママを失って何が悲しいって、
もちろん、最愛の人がいなくなれば悲しいに決まっているけど、
それだけでなく、ママの闘病に際しての娘としての私の不甲斐なさ、
その後悔と自責で、苦しいのだ。

自責をすればするだけ、むしろ寂しさは忘れられる、というくらいだ。
それほどに私は自分を責める。
自分が憎い。
どんなに、まわりの人たちが自分を責めないでと言ってくれても、
頭でわかっても、心が理解しないのだ。

が、先日たまたまラジオで、癌研有明病院の院長、門田医師の講演を耳にし、
少しだけ気持ちが楽になった。

曰く、

どんなに節制していても、癌に罹って亡くなる人はいる。
不摂生でも、長寿を全うする人もいる。
自身も数年前に癌になり、それはタチの悪い癌だったが、幸いにもその癌は粘膜で留められた。
だから今もこうして活動を続けられている。
逆に、自分の親友は、同じ癌でも浸潤性で、あっという間に転移し亡くなった。

癌になるかならないか、それがどんな性質の癌か、
そういうことは運命だとしか言いようがないと。
運命を受け入れ、死を敗北だとは思うなと。
どう死ぬかということも、どう生きたかと同じくらい重要だと。

だからと言って、運命だと諦めろと言うのではない、
できることはしなくてはいけない。
できることと言うのは、検査だ。
検査をして、早期発見をして、治療することだ。
ときには運命を受け入れる必要ばある。
そのそきは死を敗北と思ってはいけない。

笑って生きることだ。
笑うことが免疫を上げる、というのは臨床的にも証明されている。

…そんな話の展開だった。


この話を聞いていて、最初は実も蓋もないと思った。
だって、要は、進行癌、悪性癌には治療するすべはないと言っているように聞こえたから。
検査すること、早期発見で治療することが大切って、
そんなことは、誰もがわかっていることだもの。
笑って免疫を上げなさいったって、苦しいときに笑うってどれほど難しいことか。

…でも、やっぱり私はこの話に感銘を受けたのだ。

運命を受け入れる。
死を敗北と思わない。
できること、やるべきことを、やる。
笑う。

実も蓋もないようなことが、
やっぱり真実なんだ、と。


………

きっきT君ママからメールで、
T君は、今日の本選も通過し全国大会に進出!との報告。

それも当然だと思うくらい、T君の演奏は素晴らしかった。
生徒の成長は、何よりも嬉しいこと。
ママは、天国で、会心の笑みを浮かべているだろう。

写真は、T君を挟んで、T君ママとお姉ちゃん。
T君が持っているのは、ママの写真。
お守りに、持ってきてくれた。

ありがとうね〜。



































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